2020年3月12日

底値のシグナルは政変のシグナル

緊急事態「2万円割れ」 "底値"か"通過点"か、新型コロナ暴落の正体
https://kabutan.jp/news/marketnews/?b=n202003090829
コロナ急落からの短期反発狙いは、個人に有利な「スイング・リバーサル戦略」で
https://kabutan.jp/news/marketnews/?b=n202003110349
 このブログで、年末にホールドしていた株を売った話をしました。
 売った理由は、2020年がオリンピックイヤーで、政府がメンツにかけて景気対策をするだろうと読んでいたこと。政府の政策的にオリンピック後は野となれ山となれなので、それ以後は確実に下がること。利確は早めにしないと逃げ遅れること。そんなことを書いたと思います。

 予定通りなら、オリンピック後に大暴落した株を底値で買うつもりだったのですが、まさか、新型コロナのおかげで3月に大暴落するとは思っていませんでした。どうしましょうね、これ。底値は底値と開き直るって、新型コロナの終息後に株価が戻ると想定して株を買うのが正解なのか、オリンピック後の不況で、さらなる底値があると読んで見送るべきなのか。いや、そもそも新型コロナって世界的に流行していて、日本が終息しても世界で終わらないと意味がない。そんな中、オリンピックは予定通り開催できるのか。新型コロナで自粛が続けば、いろいろな業界で倒産が起きる。3月の決算時期にこれでは、大倒産フラグではないか。などなど、いろいろと悩ましいタイミングです。

 長期的に考えると、現政権は消費税経済政策で行き詰まっており、ごまかすのも限界。オリンピック後に株価が暴落するだろうから、おそらくその前に禅定とかカッコがつく形で世代交代をするだろう。世代交代したタイミングで株価が上り調子になるだろうから、その時に買えばいいのですが、観察していると世代交代する新人がいない。

 自民党も中小企業の跡継ぎ問題と同じで、ライバルになるような後継者を育てていない。有力候補と騒がれている小泉は普通に経済&政治音痴なのに自分は天才だと信じているタイプ。しかも、優秀なブレーンがいても、ここどぞというときには無視して自分の好きなようにやるバカ殿タイプに見える。まあ、そんなのでも世代交代すれば株価はあがるだろうから、面白いのだけど。

 問題は、新型コロナ対策が終わるまでとか後継者がいないとか理由をつけていつまでも現政権がしがみつくパターン。今までのパターン的に、ないとはいえないのが怖い。現政権は国内の改革も少子化対策もやらず、黙って待ってれば海外の景気が回復して日本の景気もそれにつられて回復するだろう的な他力本願で政治をした結果、国力が延々と地盤沈下してきました。それが延長されるわけで、底値が長引くことになる。こんな状況でも、唯一、カンフル剤として消費税減税という手がありますが、現政権は増税の旗振りをしてきたので、いまさらそんなことはできません。あとはMMT理論を導入するくらいですが、そこまで頭が回るようなら、消費税の増税なんかしない。実質的に、現政権は傍観する以外、手がないのです。そんな現状維持の未来、もちろん株価的にはまったく面白くない未来です。ゆえに、引きずりおろされる。民主党がそうだったように、株価の維持もできない政権は支持されないのです。

 いずれにしろ、株価が暴落すると必ず、自民党の世代交代が云々、次世代の指導者云々という定番の記事が出てきます。これってオリンピック後になると思っていましたが、新型コロナ相場のおかげでオリンピック前になるかもしれません。それが出てきて、世の中の人が「もっともだな」と思ったときが「底値のシグナル」であると同時に「政変のシグナル」でもあるのです。さて、誰がこのビッグウェーブに乗れるのか。文字通り10年に1度の大波です。そして何人の国会議員がこれに気づいているのか。リスクをとれるものだけがトップになれますが、まずはチャンスと気づけるか否か、ですよね。

2019年10月31日

三四郎とネトウヨ

本日、海軍広報はおやすみ。かわりに駄文をどうぞ。

 夏目漱石の『三四郎』を読んだ。
 冒頭、三四郎が田舎から東京へ出てくる汽車旅のシーン。三四郎は車中で日露戦争や外人についてあれこれ考えます。笑えることに明治人の三四郎の考え方は現代のネトウヨに近いのです。そして、たまたま汽車に居合わせた広田先生は、ネトウヨ的な理屈を言う三四郎に意見する。
 日本人は欧米人に比べて身体が小さいから劣っている。君の生まれた熊本も東京より小さく劣っている。そして東京も日本と比べれば小さく劣っている。日本も欧米より小さく劣っている。しかし、だからといって卑下することはない。日本よりも欧米よりも君の頭の中の方が広いんだ。狭い料簡でまとまるなと。わかりやすくするためにかなり脚色しましたが、こんな風に三四郎を諭します。君自身の可能性は無限なんだと鼓舞され、三四郎は目の前の名も知らぬ男が人物だと感嘆します。

 なぜ、三四郎が広田先生を人物だと思ったのか。自分の物事の見方を超えた見方を提示し、同時に信頼を表明してくれたからです。大人が子供に期待する。それだけのことですが、大人が真面目に言えば言うほど、子供にとっては鮮烈な体験になります。ネトウヨと三四郎の違いは、本気で期待してくれる大人がいたかいないか、それだけのことです。ネトウヨには尊敬できる大人がおらず、ネトウヨという妙なレッテルを貼って突き放す大人や社会がある。それが子どもにどういう影響を与えるのか。そしてその子どもが大人になって、自分の子どもをどう教え導くのか。
 そうやって考えると、いっぱしの教育論になります。

 明治時代の子供を導くという哲学は幕末の動乱と明治維新後の成長で培われたのでしょう。しかし、明治の哲学が昭和、平成と代を重ねるごとに変化し、良く言えば時代に適合し、悪く言えば時代に流されていきます。実際、ネトウヨという言葉の蔓延がそれを示しています。子供は社会の宝という哲学が欠落し、ただ大人と敵対するもの、あるいは無関心な存在となった。もっとわかりやすくいえば、子供は後継者ではなく、ライバル、ただの消費者になった。社会学的には、社会が豊かになるにつれ、開明的になるにつれ、家庭の中で父親の価値が激減し、父性原理のダメな側面がクローズアップされていったと説明できます。それは飽食の時代の必然です。
 しかし、時代はさらに変わり、格差社会になりつつあります。飽食の時代から困窮の時代へ。であるなら、文学やジャーナリズムの役目とは一周回って、広田先生のような父性原理の良い側面をクローズアップしていくことではあるまいか。子供の可能性を信じ、導くことではないか。それが今の時代に求められている文学やジャーナリズムの社会的な責任ではないのか。

 ところで、夏目漱石をたびたび引用する朝日新聞の社説とか天声人語とかは、だいたいの論調が広田先生ではなく、三四郎です。慰安婦がー、総理がーと、自分の目に見える範囲の情報だけで「善悪」を語り、その主張と反対する情報は存在しないようにふるまいます。また、若者の無限の可能性なんて頭から信じていません。ただただひとりよがりな不平をこぼすだけ。
 そうやって彼らは狭い料簡でまとまってしまった子どもの主張を一世紀にもわたって繰り返しています。いつまでたっても大人にならない分、三四郎よりもタチが悪い。結局のところ、彼らは彼らが嫌うネトウヨとやっていることが同じです。違うのは社会的地位とプライドだけ。だから彼らは嫌われる。そもそもネトウヨという概念も彼らが作りだしましたが、それは鏡に映った自分だったのでしょう。

2019年9月17日

二虎競食の計

日本の政治家、韓国の主張の正当性を議論せず譲歩続けた歴史
https://www.news-postseven.com/archives/20190913_1449486.html
「長期的には日韓関係悪化は必ず打開される」と朝日新聞が断定 今より悪い時期もあった
http://japannews01.blog.jp/archives/50523998.html
 戦後日本が韓国を経済支援した理由は、北朝鮮・ロシア・中国との防波堤にするためでした。ただ、防衛目的と正直に申告するとロシアや中国が過剰反応し、太平洋戦争で軍事に敏感になっている自国民を刺激するので、波風を立たせないように別の名目で金を供与する必要がありました。自衛隊を軍隊ではないから合法と強弁するのと同じ論理です。
 これを韓国側から見ると、いくら金をもらえても盾扱いにされるなら、実質は植民地ではないかということになります。ゆえに植民地からの独立運動が、国民の支持を得ます。冷戦が終わるとその流れは加速し、ついには反日教育、反日政策をやりはじめ、物質的にも精神的にも日本から独立しようとします。

 ところが、肝心の日本人には韓国を植民地化している実感がありません。ゆえにいくら独立を叫んでも、日本人は「なにをいってるの?」という反応になり、話が通じません。そのうえ韓国人が「日本の防波堤になるのは嫌だ。植民地扱いするな」という本質を宣伝せず、慰安婦やら徴用工やら本質から外れた部分で独立を叫ぶので、今では日本どころか世界中から「なにをいってるの?」という視線で見られています。
 公平に言うなら、上記の防衛目的であることは韓国の有識層では周知の事実でした。そのあたりは韓国系の軍事資料やら知識人のインタビューを見れば記載されています。しかし、その事実は反日教育によって「なかったこと」にされてしまいました。その結果、彼らは諸外国の「なにをいってるの?」という疑問自体が「植民地支配を正当化する横暴」であると考えるようになります。

 一般論として、独立には宗主国の承認が必要です。承認のない独立はただの妄言。だから彼らは宗主国に独立を認められようとますます反日運動を激化させます。とどのつまり、日本人が韓国の独立を認めて祝福してやれば円満に解決するのですが、植民地化しているという認識のない日本人からはそういう声が一切出ません。右も左も、韓国の叫ぶお題目の慰安婦や徴用工やらのどうでもいい部分だけに反応し、まともな議論にもなりません。
 そういう意味では、慰安婦や徴用工やらを作り出し、韓国の独立運動の方向を決定的に捻じ曲げた日韓のマスコミこそ戦犯です。実際、彼らがいなかったら、韓国人はもっと本質に近づいて、ストレートに「日本の防波堤になるのは嫌だ。いつまでも植民地扱いするな」という本音を伝えられたことでしょう。そういう真摯な本音が聞ければ日本人も誠実に彼らの独立運動を承認していたかもしれません。今のように「なにをいっているの?」という無理解と対話の拒否に落ちることはなかったのです。

 そう考えると、日韓のマスコミは日本や韓国の国策に従って、わざと日本や韓国の世論をゆがめたという考えも成り立ちます。それは、結果から見れば、いつまでも韓国を精神的に日本に依存させておくために、わざと独立運動の矛先をボヤかせる謀略だった、とも言えます。実際、そういう意図が日本側にあったのは事実でしょう。そういう意図もなしに、日本が韓国に無償で利益を提供する理由はありません。
 日本の近代史を調べると、日本の韓国支援はアメリカ承認のもと、人道の名を借りた防波堤建設のための支援だったということが普通に、明記してあります。そこさえ承知していれば、韓国が建国以降、アメリカと日本の実質的な植民地であることも類推できますし、実際にそう明記している論文や歴史書も多数あります。
 韓国側の近現代史の本を読んでも、日米の支援を植民地支配と断定している本は山のようにあります。日韓の知識層は、この騒動の本質が独立運動であり、慰安婦や徴用工の賠償が本筋から外れたまやかしであることを知っています。それなのに、そこに触れようともせず、独立運動であることを隠したまま報道を続けています。

 それはなぜなのかと掘り下げると民族の気質問題になります。
 韓国人の民族的な気質は、広く知られているとおり、愛情が深く、裏切られたと感じると激高しやすい。これはいわゆるヤンデレ気質であり、事実や損得よりも愛憎を優先する感情的な気質です。この気質は大多数の理性的な日本人をうんざりさせる気質であり、一部の感情的な日本人が共感する気質です。日本の左翼や右翼は、このヤンデレ気質に共感する層が主力になっているため、大多数の理性的な日本人から見ると、事実や損得を度外視する韓国人と同類のように見えてしまいます。左翼や右翼が在日と関係が深いのもこの気質が原因でしょう。
 地理的にも歴史的にも日本は韓国にとってもっとも身近な存在です。良きにつけ悪しきにつけ、影響力が大きいため、このヤンデレ気質の対象になります。しかし、現代日本人はこのヤンデレ気質に嫌悪感を持ちます。そもそも韓国人がそういう気質であるということをマスコミが報道しないため、日本人から見て韓国人は「なにかよくわからないけれど気持ちの悪い民族」という扱いになっています。日本人の韓国への嫌悪はその「よくわからない」というところに根ざしています。ヤンデレ気質だとわかれば、理解し合えないとしても大人の対応ができるのですが、それができないのです。
 このヤンデレじみた反日運動こそ韓国流の独立運動だと報道しない限り、日本人は韓国人を「なにかよくわからないけれど気持ちの悪い民族」と考えます。日韓で大人の関係を築き、事態を打開するには正確な報道が必要なのです。それなのに、彼らはやろうとしない。それはなぜなのでしょうか。

 仮に、日本が韓国の独立を祝福せず、断交ないし敵対関係になった場合、韓国は通常以上の憎悪を日本に向けます。心理学的に言えば、独立を祝福しない親へのコンプレックスから生まれる感情的な憎悪です。それは理性による打算や手打ちのない面倒な憎悪です。彼らは常に日本に噛みつこうとする狂犬になり、それがレゾンデートルになります。現状でもすでにそんな感じですが、それがもっとひどくなるわけです。断交してハイ終わり、とはなりません。それがインターネット時代のいやなところ。ヤンデレストーカーはどこまでもつきまとうのです。
 そして、その状態を喜ぶのは誰でしょうか? つまりそれが裏で糸を引いている人間です。中国の古典で言うところの「二虎競食の計」ですね。

2019年8月23日

革命の定義

「明治維新は市民革命だった」 フランス革命と比較する研究者たち
http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/5463909.html
革命 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%A9%E5%91%BD
 マジメに考えると泥沼になるのがこの話。そもそも「革命とはなんぞや」という定義からして世界的にコンセンサスがとれていない(Wiki参照)。そのへんに触れないで革命を語る論者は、適当なことを言っているので要注意。
 ちなみに革命の定義はイデオロギー実現のための政権奪取とするのが一般的ですが、イデオロギーとは関係なしに反体制派による政権奪取こそ革命という考え方もあります。ちなみに前者がフランス革命で、後者が明治維新。
 革命の定義がイデオロギー実現なら、明治維新で成功した日本はなんなのだという話になります。簡単に言えば、明治維新が通常の市民革命と同じ果実を得られたのは、フランスの市民革命の功罪を学び、それを維新政府が取り入れたからです。ごく一部の志士は最初から自由や人権を求めましたが、大多数の志士は自由や人権の意味を知らないままでした。より正確に言うなら、明治政府や大多数の志士の求めたものはイデオロギーではなく、開国に伴う実利でした。そして自由や人権というイデオロギーは、実利を得るために必要なステップだから、取り入れるという認識でした。通常の革命と手段と目的が逆転しているのです。
 そんな日本ですが、明治維新にイデオロギーがあったとするなら、「一流国になりたい」という欲望がそれでしょう。しかし、「一流国になりたい」という欲望は、イデオロギーとしては弱いのです。というのも、自由や人権には終わりがありませんが、一流国になるというのは一流国になったら終わりです。実際問題、バブル以降の日本の低迷は、経済で一流国になってしまったために目標を見失い、燃え尽き症候群を起こしているのではないかと考えられています。
 さて、日本と同じく中国や韓国、中東アフリカ東南アジアの国々も「一流国になりたい」という欲望で動いています。彼らは自由や人権よりも発展が欲しい。むしろ発展できるなら、自由や人権はいらない。明治維新のような内乱も試行錯誤も欲しくない。明治維新後の発展だけを真似たい。彼らはそう考えたのです。
 ところがこの態度は自由や人権を社会の基礎とする欧米は気に入りません。方便だったとはいえ日本は真面目に自由や人権を学び、実践しました。だからこそ先進国として認めましたが、日本の成功の上っ面だけを真似て自由や人権を無視して近代国の仲間入りをするのは邪道。欧米はそう考えて、近代国クラブへの参加を拒否しています。先進国と発展途上国の思想的な溝はここにあります。
 どうすれば両者は妥協点を見いだせるのか。その答えの一つが国連ですが、国連が機能不全を起こしているのはご存知の通り。その原因は参加国の秩序に対する考え方の違いです。先進国は自由や人権を秩序の基礎にしており、後進国は発展を基礎にしています。思想のバックボーンが違うのだから先進国と後進国で話が合うはずがなく、お互いに譲る気もない。ゆえに国連は茶番になります。冒頭で指摘したように、革命の定義からして世界的にコンセンサスがとれないのです。

東方やる夫スレ纏め やる夫達は世界大戦を二度するようです 第1話「国家の条件」
http://touhouyaruosure.blog.fc2.com/blog-entry-6857.html

 革命とはなんぞやという話で、面白いのが上の評論(世界大戦を語るためにフランス革命までさかのぼって分析しています。独特ながら説得力があり、この話題に興味があるなら読むことをおすすめ。やる夫なので絵本形式で気楽に読めます)。
 要約すると、フランス革命の数年前に北欧の火山が噴火し、その影響でフランスの農業生産力が劇的に弱まり、餓死者が大量に出たことが民衆の不安と不満をあおった。民衆は不安と不満のはけ口として王家を血祭りにあげる。自由と民権の動きはフランス革命の背後にたしかにあったが、それ単体では革命につながるほどの熱狂を生み出せなかった。要するに天変地異とイデオロギーが合わさって、はじめて市民革命が起きたというのが最近の学説です。
 今でこそ欧州は偉い顔をしていますが、天変地異に恵まれたゆえの革命という考え方もできますし、逆にイデオロギーを育てたから偶然の天変地異を生かせたとも考えられます。考えてみると、ナポレオン戦争から第2次世界大戦まで欧州は人為的な天変地異を連続して起こし、それをバネに社会の改革を進めたとも考えられます。戦乱や植民地化に巻き込まれた、ほかの地域の人間にとってはえらい迷惑な話ですが。
 これを踏まえて明治維新を考えると、日本がアジアのなかで西欧の仲間入りができたのは、黒船やアヘン戦争という人為的な天変地異が起きたこと。佐幕、勤王(鎖国・開国と置き換えてもいい)という対立する思想(どちらもあいまいな思想ですが)と社会的構造(薩長の幕府への恨み)が存在したことが維新の条件だったと言えます。
 さて、ここまで考えると明治維新やフランス革命を真似るのは難しいことがわかります。天変地異や対立する思想、社会の対立構造などを同時に用意するのは難しいからです。しかし、条件が揃わない国は民主化ができない、とするのも悲しい話です。そこで、条件が揃わなくてもほかの何かで代替して民主化する道はないのだろうか、と考えるべきなのでしょう。そしてそのメソッドを実際に考え、マニュアル化し、実行したのが旧ソビエトでした。彼らは世界の半分の国で共産革命を行い、実験をしましたが、日本のような成功はおさめられませんでした。明治維新が成功したのは共産主義が成立する以前だったから、と考えることもできます。仮に維新が百年後だったら、維新志士が共産主義者になっていたのでしょうか。

 今回は特にオチはないです。

2019年8月16日

定期的にタコツボ化する日本

タコツボ社会としての日本:丸山真男「日本の思想」
https://philosophy.hix05.com/Japanese/1310.maruyama/03.takotsubo.html
 なぜ日本は、アメリカよりも国力が劣るのに、中国と戦いつつアメリカと戦う狂気の二正面作戦を選んだのか。なぜ日本人はそんなにおろかだったのか。その「なぜ」を合理的に解説することが戦後日本の重要な研究課題でした。
 歴史資料を調べていくと、太平洋戦争はヒトラーやスターリンのような個人の決断が組織を動かしたわけではないことがわかります。開戦当時、陸軍出身の東條が首相でしたが、彼は戦争の方針が固まってから首相についた戦争実行内閣の首相です。ヒトラーやスターリンのような立場ではなく、チャーチル的な立ち位置でした(もちろん、東條が戦前に、政治家相手にいろいろやらかして圧力をかけたから、戦争に突入した側面もあるので、まったく無関係ではありません)。
 では誰が東條を首相に選んだのでしょう。東條が選ばれた最大の理由は、彼の前に首相に指名された政治家が首相職を固辞してなり手がなかったことによります。そもそも政治家が政治を投げなければ、日中戦争も早期終結し、太平洋戦争が起こらなかった可能性もありました。ではなぜ、政治家が「弱い存在になってしまった」のか。これは従来なら明治憲法の限界と表現されてきましたが、実際にはインテリジェンスの問題でした。

 アメリカの開戦を決断したのは、個人ではなく集団の決断でした。しかし、アメリカを仮想敵にしている海軍でさえアメリカと戦うことに部内の意見が分かれていました。海軍よりも上のレベル、政府レベルになるとアメリカと戦争をしたいと明確に意識している個人や集団はいません。
 それなのになぜ日本はアメリカと戦争をしたのか。それは日本人の内向的な性格が問題だったというのが丸山の理屈。
 日本人は島国という海に守られた環境で、外敵もなく平和に暮らしているので自然と民族の性格が内向的になっていきます。内向的というのは文化を育てるには向いている性格ですが、世界の趨勢には無関心になってしまいます。これが有名な「タコツボ」論です。タコは自分の手の届くタコツボの中の環境を維持することには神経質ですが、外側のことは気にしません。そのため、漁師が用意したタコツボ罠に簡単にひっかかることにたとえています。
 これを現実の人間に当てはめると、たとえば自分の周辺の情報(社内や部、課の内側の情報)を把握するだけで満足し、外界(たとえば社外や部、課の外のこと)を気にしない人間をタコツボと呼ぶわけです。そしてそれが多数派になると組織は「右手がやっていることを左手が知らない」近視眼的な状態になります。会社なら営業部は管理部や製造部の問題を知らなく、製造部は営業部や管理部の問題を知らないことになります。そういう会社でも経営者が各々の部の問題を把握しているなら問題は発生しません。しかし、経営者までタコツボ化していると、意思疎通を欠いた会社は生産力を低下させます。働き方改革にも通じる話です。
 これが国家レベルまで拡大したのが戦前の日本でした。軍人は政治家の仕事を知らないし、政治家は軍人の不満を知らない。陸軍は海軍がやっていることを知らないし、海軍は陸軍がやっていることを知らない。陸軍に限っても、陸軍の内部で派閥があり、派閥間の交流は基本的になくタコツボ化していました。そうなると組織の構成員は近視眼的になります。
 タコツボでいちばんわかりやすいのがアヘン戦争当時の中国です。彼らは自国が侵略されているのに権力闘争にうつつをぬかしていました。日本の明治維新はアヘン戦争を他山の石として成功しましたが、そんな日本も太平洋戦争の頃になるとタコツボ化がすすみ、日本全体を考える/考えられる政治家や軍人が非常に珍しい存在になっていました。
 さて、タコツボになった戦前日本の陸軍が考える最適解は中国との戦争です。中国を相手に勝てる戦争をすれば、兵士はどんどん出世できるからです。陸軍はそれで日本経済や外交が追い込まれようが、国民の生活が苦しくなろうが関係ありません。経済も外交も国民生活も陸軍の管轄ではないのですから。一方、海軍の最適解はアメリカとの戦争です。なぜなら戦争をすれば予算が増えるし出世のチャンスもあります。経済も外交も国民生活も管轄が違うので興味がありません。もし陸海軍のなかで経済や外交、国民生活を気にして戦争反対を唱える場合、「お前は何を言っているんだ」という視線にさらされ左遷されます。将官以下はそんな空気です。さすがに将軍以上はそこまで考えますが、陸海軍の全体からすると将官はごくわずか。将官以下の作る空気に逆らえない人もでてきます。そしてかわいい部下のために戦争反対を引っ込めるのです。
 日本全体の最適解を考えるのは政府や国会の役目ですが、政府や国会は陸海軍を統制できません。いろいろ理由はあるのですが、最大の理由は議員が国策より党利党略、もっと言えば選挙を優先したことが原因です。マスコミが連日連夜、戦争をあおる報道を繰り返し、そのいさましい論調にのっかって議員が選挙演説で戦争をあおります。無責任な議員ほど当選するので、陸海軍を統制しなければ亡国になると先のことを考えられる政治家がいなくなるわけです。民主主義が必ずしもいい制度ではないことは、ここからも明らかですが、なぜかこの部分は大学でも政治の授業で教えないんですよね。だから、何度でも繰り返すのです。ちなみに我々の世代は、こういう知識を銀英伝で仕入れています。ほんとうにどうでもいい話ですが。

 さて、軍人が内閣を組閣するに至った経緯を見ると、タコツボ化した政治家の自爆とタコツボ化した軍人の狂想曲があります。しかも、それぞれタコツボ化して近視眼的になっていたため、相乗作用で意図しない方向に話が転がっていくのです(相乗作用は自分と相手がどのような志向を持っているかという情報を持っていないと推測できません。後世の歴史家が相乗作用についてアレコレいえるのは情報が出そろっているため。同時代人がこの問題を回避するのに使うのが、いわゆるインテリジェンスですが、日本人でその必要性を認める人は少数派です。政治の授業で民主主義の欠陥を教えないため、必要性を感じないのでしょう)。本当のところ、当時の政府も陸軍も海軍も本音ではアメリカと戦いたくはなかったのですが、近視眼的な政策を連発した結果、開戦まで追い詰められてしまったのです。もちろん追い詰めたのは自分たちなので、ただの自爆としか言えないのですが、責任を認めることができない(相乗作用で自爆するので個々の責任感が薄い)のがタコツボ化の一つの特徴です。ゆえにこの時代のことを調べると、誰かが意図的に開戦に誘導したという黒幕的なものが見つかりません。ただただ、タコツボ化し、与えられた職務に見合わないほど近視眼的な人物たちが、自分にとって最良の選択をしているだけなのです。その最良の選択は後世の歴史家視点で見るとバカらしい悪手になるのですが、それが事実です。
 ちなみに日本がアメリカに情報戦で負けたとよく言われますが、情報戦は暗号の解読だけではありません。アメリカは日本政府を構成する各組織の志向と相乗作用についても分析していました。その結果導き出されたのが本土への戦略爆撃や補給線の寸断などで日本を降伏させる戦略。これらは効果的で、日本はアメリカの意図通りに降伏しました。一方、日本はアメリカと講和する方法の分析をおざなりにしました。近視眼的な組織はそもそも情報や分析を嫌うから、というのもありますが、アメリカと戦うことは誰も望んでいなかったけれど、戦いをやめることも誰も望んでいなかったからです。

 同じことは現代でも起きています。たとえば年金問題。このまま改革しないでいると機能不全になり、将来に絶望した若年世代にシワ寄せがいって未婚率が高まり、人口が減り、経済がしぼむと何十年も前から警告されていますが、近視眼的な人物の群れはその警告を取り合わず、根本的な改革を先送りにしました。その結果が、未婚率の上昇と少子化のスパイラルによる経済成長の鈍化です。誰が黒幕というわけではなく、タコツボ化した集団がそこにいるためそうなってしまいました。原発もそうですし、日本にはほかにもいろいろとそういう組織があります。これは日本に限らず、世界中で見られる現象ですが、だからといって放置していい問題ではありません。
 そういう論考が、昭和の半ばくらいに発表されているのですが、その時すでにタコツボ化が進んでいたため、日本は何も変わらなかったというのがタコツボ論の定番のオチ。変わらなかったというのは、分析はできたが対策ができなかったということ。いまタコツボ論を考えるならそこを論じるべきなんでしょうねえ。対策を先送りにすると、経済が疲弊し、無政府状態に近くなり、タコツボ打破のために焼き討ちが必要だという信長のような物騒な人物が台頭することになります。明治維新もそういう文脈で見直すべき、なのかな。
 

2019年6月 3日

お稲荷さんについて。

お稲荷さんについて。
 お地蔵さんと並んで、日本全国どこにでも社があるお稲荷さん。
 仏を崇める地蔵と違って、稲荷は狐を崇めます。そこだけを見ると淫祠邪教です。しかし、崇めている我々に、淫祠邪教という気分はありません。そこに稲荷の面白さがあります。
 稲荷は京都の伏見稲荷大社が大本です。では、伏見稲荷大社はいつからお稲荷さんを崇めるようになったのでしょうか。
 もともと日本には縄文・弥生時代から山岳信仰がありました。山岳信仰は、突き詰めると「天に近い山はなんとなく尊い気がする」という自然な感情に由来します。有名なのが富士山。我々は富士山をみて、なんとなく尊いと思う。これが山岳信仰です。この、なんとなく尊いと思う山を神体山といいます。

 伏見稲荷大社は、京都市の南方、稲荷山にあります。もともと伏見は野原で、稲荷山から発掘された土器からみて、紀元前五世紀くらいからチラホラと人が住み着いていたようです。この辺りは洪水が多く、大規模な治水がされるまでは、人の少ない野原で狩猟採集の場でした。
 そして千年ほど過ぎて、五世紀頃に渡来人がこの地にやってきます。彼らは秦氏という一族で、朝鮮で起きた戦争から逃げてきた一族らしい(現在の朝鮮人とは別の民族です)。彼らは治水の知識があり、堤防を作って稲荷山周辺を稲作に適した土地に変えました。
 それから二百五十年、世代でいうと十世代ほどが経過します。この時期、日本は国家意識が強まり、古事記などが編纂されています。伏見稲荷も古事記に由来が書かれましたが、餅が白鳥に変わって空を飛ぶ話が収録されています。この「餅」は、米がたくさんとれる土地という意味で、白鳥は神のいる土地という意味。治水が成功してコメの産地になったことを暗喩しているのでしょう。稲荷山の稲荷という言葉もこの頃についた名前らしい。それ以前の名前は記録に残っていないので不明です。

 七世紀ごろになると、伏見で稲作が盛んになります。日本最大の消費地である京都に近いという地の利から、土着化した秦氏ともども繁栄します。七世紀以前、神体山だった稲荷山のご神体は、山頂付近にある巨岩だったと思われます。しかし、七世紀ごろから崇拝の対象が豊穣神とその使いである狐に変わりました。これは崇拝する人間たちの関心が、山岳信仰よりも田畑の豊穣を優先するようになったことを示しています。つまり、「狩猟採集の猟師にかわって農家が伏見一帯で強い力を持つようになった」ということです。
 そして変化は連鎖的に発生します。稲作農家の激増は、伏見周辺を都市化させました。都市化は農業だけでなく商業も促進し、京都へコメを運ぶ流通も発達します。こうして伏見では「市民」が力を持ち始めたのです。その力は主に経済力でした。お稲荷さんが豊穣だけでなく、商売繁盛の神である理由もここにあります。後に、天皇も伏見の経済力を無視できなくなり、伏見稲荷に正一位を寄贈し、わざわざ神道のなかで序列化し、体制のなかに取り込もうとしています。それだけ伏見の市民階級が力のある勢力だったのです。

 かくして稲荷信仰は、神道や仏教をとりこみ、現代まで続きます。狐を崇めるという神道や仏教の基本から外れた(基本から外れていなければ、そもそも神社やお寺に別個に稲荷の社を作る必要はない)民間信仰が現代まで生き残った理由は、ひとえに伏見が経済的な繁栄を続けたためでしょう。また、京都に近いが、京都そのものではない地の利から、政府の隆盛とは関係なく生き残ることができたことも見逃せません。
 さて、以上を踏まえて伏見とはなんなのかといえば、古代ギリシャ的なポリスといえるのではないでしょうか。惜しむらくは同格の都市が周辺に少なく、あったとしても衰亡してしまったため、伏見が単独の文化圏になってしまったこと。そうでなければ伏見大社のようなパルテノンを持つ都市が日本国内にもっとあったかもしれないのです。
 想像してみると、そういう世界も楽しいと思います。

2019年3月 8日

日本の政治はコインの裏表

 日本の政治には昔から「大陸派」と「孤立派」の二大潮流があります。
 おおまかに言って、大陸派の本拠地は西日本、孤立派の本拠地は東日本です。これは地政学の初歩で、西日本は中国大陸に距離的に近いので大陸の存在を無視できません。逆に東日本は大陸から距離的に遠く、間に西日本というクッションがあるので大陸の存在を無視できます。
 後に冷戦時代になると孤立派が親米派に置き換わったり、大陸派の一派にロシア派やソ連派が加わったりしますが、日本の政治はこの2派のぶつかり合いが基本です。

 さて、ここからが本題。
 大陸派の利益は主に貿易です。大昔は仏典や社会制度の知識、中世になると銅銭や陶器などを輸入し、かわりに食材や砂金などを輸出しました。貿易は大きな利益になるので、大陸派は国内政治で大きな力を持ちます。しかし、いつの時代でも一方の勢力が大きな力を持ちすぎると話が変な方向に転がるのは政治のお約束。大陸派の一部が関税や制限の多い貿易をするだけでなく、現地を占領したほうが儲かるのではないか、と考え始めるのです。
 日本史を見ると、日本の対外戦争はたいてい政治的軍事的観点で語られます。経済的な観点で語られることがないのは、表向きの動機にはなりにくく、記録に残りにくいからでしょう。しかし、戦国時代末期の秀吉の朝鮮征伐の頃になると割と資料が残っていて、経済目的の戦争であったことがわかっています。さらに近代になると日本の海外植民地建設の理由に、経済的な理由があったことが語られるようになります。日清戦争、日露戦争、そして日中紛争と日本が大陸に介入した裏側には、日本政府と現地政府の貿易のいざこざが背景にあります。
 もっとも有名なところで太平洋戦争の発端は、アメリカの石油や屑鉄の禁輸(軍事問題として語られるけど、禁輸は普通に経済問題)です。それ以前からアメリカは満州や中国市場への門戸開放(これも経済問題です)を日本に求めており、それを蹴ったことから関係が悪化していきました。ではなぜ蹴ったのかといえば、当時の日本は大陸派に牛耳られていたからです。孤立派はアメリカとの関係悪化は望みませんが、アメリカも孤立派も大陸派が満足する飴玉を出せなかったため、妥協が成立せず、太平洋戦争がはじまります。
 そして戦争末期、本土が焦土になってはじめて、大陸派が孤立派の言い分が正しかった。アメリカとの戦争は割に合わないと自覚してようやく終戦が成立します。戦う前から大陸派に対米戦争は割が合わないと説得できていれば、あの戦争はなかったのです。

 そうやって考えてみると、いくつかの教訓が導き出せます。すなわち、大陸派が孤立派を圧倒してしまうと日本は好戦的になり中国大陸で戦争を始める傾向があることです。
 戦後、中国やら半島やらロシアやらが親米一色な孤立派に支配された日本を味方にしようと、大陸派に資金や情報を供与してきましたが、もしそれで大陸派が日本の政局を席巻してしまうと日本は大陸と戦争する可能性が高まります。皮肉な話ですが、味方にしようとしたのに敵になるわけです。
 日本のマスコミもまた大陸派と孤立派にわかれています。朝日新聞は戦前も戦後も変わらぬ大陸派で、戦前は反米・大陸侵略派で、戦後は反米・大陸友好派でした。こうしてみると、大陸侵略も大陸友好も同じコインの裏表、強弱だとよくわかります。

2019年2月12日

敵を知り己を知れば

【悲報】政府、実質賃金の参考値は公表しないことを決定。偽装して隠蔽とか大丈夫なのかこの国
http://blog.livedoor.jp/itsoku/archives/54851978.html
【指標】18年実質賃金、2年ぶりプラス 実態に近い基準はマイナスの公算 [速報値]
http://blog.livedoor.jp/jyoushiki43/archives/52092746.html
日本の若者、貧困すぎて終わる 「税金・保険料・年金で金取られすぎ。コスパ?安い物しか買えない」
http://blog.livedoor.jp/rbkyn844/archives/9328549.html
 中国の兵法書に『敵を知り己を知れば百戦危うからず』という言葉があります。
 これは指揮官向けの言葉で、戦争で勝つには情報収集が必要という言葉です。
 実際、日本が戦争に勝ったときはたいてい、指揮官が情報収集をして作戦を立てていました。逆に負けた戦争は情報収集が適当でした。日中戦争、太平洋戦争はその典型。相手の戦力や戦法の情報収集をおざなりにし、こちらの思い通りに相手が動くと仮定して作戦を立てて負けました。たとえばインパール作戦が有名ですが、情報収集を怠った司令部が立てた適当な作戦で日本軍は自滅し、補給のないジャングルで何万人も戦死(餓死)しています。太平洋戦争中盤から後半にかけて日本は連戦連敗しますが、その原因は決まって情報収集の不足でした。
 現代において、国家が己を知る最大の武器は統計です。統計が間違っていると、すべての政策が根拠を失います。特に税金関係は悲惨です。「若年世代に若干の余裕を持たせて税金を絞りとるつもりだったが、まさか統計が不正確と思わず、若年世代から絞りすぎた結果、少子化と貧民化が加速して経済がガタガタになり、取り返しがつかなくなった」となりかねません。いやもうなってるんだけど、どうするのよこれ。現代のインパール作戦ですよ。

 ではなぜ統計の不備が見逃されてきたのでしょうか。それは統計が、というより情報が重視されていなかったからでしょう。日本は戦後半世紀以上、平和に漬かってきました。『敵を知り己を知れば百戦危うからず』というのは戦時の指揮官の心得。平和時は情報にコストをかけず、節約するほうが儲かります。しかし、そうやって情報部門を軽視すると組織全体が情報を軽視する体質になり、結果的に組織が破綻することになります。それが現状です。

 これは国家の話だけではありません。民間もまた国家に習って情報を重視しない体質になり、格下と思い込んでいたアジア各国にビジネスで追いつかれて「どうしてこんなことに」と嘆いています。情報を重視していれば、そんなことにはならないのですが。

 「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」と野球の名将が言っていましたが、負ける場合はたいていが「情報収集/分析」で致命的な失敗をしています。しかし、たいていは情報不足が原因と気づかないほど情報音痴なので「運が悪かった」で済ませます。そうなるともう原因分析ができなくなります。なにしろ原因は「運が悪い」のですから。

 戦後半世紀を過ぎても、いまなお右翼も左翼も太平洋戦争の総括ができないのは、彼らが情報音痴で「運が悪い」ことが原因だと考えているからです。ゆえに日本の右翼も左翼も、戦前と同じ間違いを延々と続けます。そして日本の言論は右翼と左翼がリードしているので、国民もまた同じ間違いにつき合わされてきました。
 そしてこの論自体も、昭和の中頃にはすでに唱えられているのですが、平成が終わろうとしてもいまだに右翼も左翼も変わりません。それこそ太平洋戦争以上の災禍があっても彼らは変わらないのかもしれません。

2018年6月 8日

自衛隊と旧軍と三原則

書評『防衛大流 最強のリーダー』 小林 武史

http://agora-web.jp/archives/2033034.html

 防大3大ルールの「ウソをつくな、言い訳するな、仲間を売るな」は、従っているとアホになります。

 というのも「ウソをつくな」と「仲間を売るな」はコンフリクト(矛盾)しているからです。たとえば「嘘をつかないと仲間を守れない状態」になった場合、彼らはどちらを優先するのでしょうか。どちらを優先しても彼らは思想信条に反します。

 わかりやすい例でいえば、例のPKO日報問題で自衛隊が「ウソをついて」「言い訳をした」のも「仲間を売る」懸念があったからだと考えられます。

 ほかにも、自衛隊員のイジメ問題もイジメられる隊員が「ウソをつく」「言い訳をする」「仲間を売る」からイジメたのだというのが、イジメる側の理屈で、上の人間もその原則を持ち出されると弱いのかイジメを放置して、結局イジメられた隊員が絶望して自殺するという事件が頻発していました。類似の事件を漁れば、おそらく戦前から似たような事件が連綿と続いていることがわかるでしょう。というか、自衛隊がらみの事件ってだいたいこのへんが根っこになることが多い印象です(統計とってないから確言できないけれど)。

 そうすると、防衛大=自衛隊の思想信条はじつは破綻していることになります。これはどこかで見た光景です。そう、旧軍が太平洋戦争に突入したときも「アメリカは日本が中国から撤退することを求めている。しかし、日中紛争で散華した英霊に申し訳ないので撤退しろといわれても納得できない。ゆえにアメリカと開戦する」という理屈でした。要するに、「仲間を売るな」を拡大解釈した結果、「英霊に申し訳がない」という理屈が生まれ、旧軍は国家を巻き込んで亡国に突き進んだわけです。彼らにとってはそれは正しいことなのでしょう。実際、いまだにそれが正しいと強弁している人が大勢います。特攻隊を称賛するのもその理屈が元になっているからです。要するに、自衛隊は教育方法が旧軍と同一のため、精神性がたいして変わっていないのです。そしてコンフリクト問題を放置すると、亡国まで突き進む可能性があるという教訓が得られました。

 アシモフのロボット三原則も、こういう原則同士のコンフリクト問題があらわれます。結局のところコンフリクト問題は三原則に優先する第0原則が登場してやっと矛盾を回避しました。それと同じことが防衛大=自衛隊にも必要なのでしょう。ここにメスをいれることが、本当の文民統制になるのですが、いまの政治家にそれができるのかどうか。

2018年5月18日

日本の政治を改善するたったひとつの冴えたやり方。

日本の政治を改善するたったひとつの冴えたやり方。

 現状、野党は政権を取る気もなければ、運営する能力もない。
 しかし、自民党が延々政権を運営すると腐敗するし、民主主義でもない。
 そこで野党がなくても回る民主主義を考えた。もちろんローコスト、ローリスク。

・自民党内に自民Aと自民Bという2派閥をつくる。Aが労働者の味方、Bが経営者の味方などわかりやすい対立にするといい。
・選挙時、自民党としての基本的な公約と、自民A、自民Bそれぞれの派閥の公約を作り、候補者の選挙ポスターに派閥名を記載。
・投票者は自民A、Bの公約の好ましい候補者に投票する。これだけ。

 たったこれだけ。
 ほとんど金はかからないし、有権者も候補者もまじめに公約を考えるようになるし、いいことづくめ。
 自民党のメリットは有権者が本当に求めていることがABの公約を通して知ることができる。
 消費税とか外交とか、自民党として有権者に選ばせたくない政策はABの公約に含めなければいい。
 なんなら、AB派閥でそれぞれ総理候補を立ててもいいし、立てなくてもいい。
 マスコミもいくら自民党が嫌いでも、AB派閥の違いを報道しなければ視聴率にならないので自民党自体の露出は高まる。
 これで有権者の不満を細かく解消すれば、お灸をすえるという理由で野党に政権をとられることもなく、数十年単位の長期政権も夢ではない。

 デメリットは、自民党への不満が減るから、野党が本格的に再起不能になることくらい。もっとも、これは現状の野党と大差ないのでコラテラルダメージ。
 もう一つのデメリットは、AB派閥に分かれることで、米中韓北露という日本に興味を持つ国が派閥の買収にかかること。派閥に分かれた分だけ、買収が簡単になる。まあ、現状でも買収にかかっているので、どちらの派閥にどこの国が粉をかけているということが可視化されると思えばこれもコラテラルダメージ。