科学脳
国に期待する者はバカを見る、自分を磨きなさい 竹中平蔵・慶應義塾大学教授インタビュー
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/35178
「今の日本社会に決定的に抜けているコンセプトがあります。それは検証です」「日本人全員が社会というものを軽視しているんじゃないですかね」「仕組みが悪いなら、どこが悪いかを検証する。そういうマクロな視点がもっと浸透しないといけません」と。
......やっぱり、経済学とか経営学的に現代日本をみれば、誰でも同じ結論になるよねえ。
で、こういう結論を嫌う人の話を聞いていて思うのが、現代日本には歴史(伝統)はあっても理念がないということです。
いやいや、日本人には立派な理念があると主張する人間の話を聞くと、それは理念ではなく伝統を理念と言い張ってるに過ぎないわけです。たとえば、日本で理念を大きな声で語るのはウヨクとかサヨクが典型ですが、彼らの語る「理念」を分析してみると「理のない念」にしかなりません。戦争絶対反対、平和憲法、武士道、修身教育......。そういう何十年前か何百年前かに作られた理念を、環境の変わった現代にそのまま適用させようとするから、理の部分がすっ飛んで「理のない念」になってしまうわけです。
では、その欠けている「理」をどこから引っ張ってくるかといえば、それは「理」ですから科学的手順を踏んだアカデミックなものであり、日本でそういうものを専門に研究していて規模の大きい学問は経営学しかないわけです。ここのところは誤解されると思うけれど、現実社会に対して実践的な研究という意味です。哲学とか社会学とかも、それはそれで役に立ちますが、経営学以上に現実社会に対して実践的とは呼べません。
といっても、いきなり応用編を適用するのは難しいから、経営学の祖であるドラッガーを見直し、経営学(正確にはマネジメントですが)を日本人向けにカスタマイズして、あらためて「念」の部分を加えていきましょうということになるのが、理屈で考えていくと正しい解答になります。
これが海軍広報でドラッカーをすすめている理由ですが、上のインタビューに「日本人全員が社会というものを軽視しているんじゃないですかね」とあるように、こういう「理屈で求めた解答」に拒否反応を示す人はだいたい社会を軽視している人が多いようです。
本人にそういうと怒るけどね!
で、そういう怒ってしまう人間を観察すると、学生運動をしていた連中や、それを支持していた理屈の通じない連中とメンタリティが似ていることに気づきます。まあ、理屈でいいかえしてくる人には、最終的にはマネジメントが必要だよねって「理屈で説得」できるのですが、説得できない人は「理」の部分がすっ飛んで「念」ばかりになっている人が多く、反論も理屈ではありません。ゆえに議論にならず、理屈も通じません。
そういう意味では、理屈の通じない人は、宗教家みたいなものだから、一般社会から放置しておくのが一番なんだろうけれど、それが日本人の大多数だから放置もできないわけで、いっそドラッガーを新宗教として認知させ、日本人を洗脳しちまえって意見もでてくるわけです。
まさに科学脳!
科学的に正しい宗教!
マルクスもそんなことをいってたような気もするけれど、気にしません。
科学脳、ばんざい!
矛盾だらけの世の中をあえて、矛も盾も一緒に吹き飛ばすドラッカー教、ばんざい!
反抗するヤツは、神と怨霊とドラッガーの御名のもとに消毒だー!
ヒャッハー!
そうなったら、なんだか楽しそうな世界DEATHね。というオチ。
そういえば、全然関係ないけれど、陽気に釣られて外を歩いていたら、神社の前を何軒か通ったんですよ。だいたい1キロ範囲に大小数件の神社がある地域を歩いていたのですが、ここに祭られている神様って出自もなにも別物だったはずなのに、いまでは伝統という名の忘却と捏造が、神様を構成する理念の「理」をすっ飛ばして「念」だけを残し、念だけの存在になった神様はどれを拝んでも大差がないようになってしまったのだなと思った。その変わり果てた神様の姿を進化というのか、適応というのか、あるいは劣化というのかは知らないけれど、ものの本質に惹かれる人間からみると伝統という名のデコレーションは本当にタチが悪い。







